ノートを書いてると言えなかった
”ノートを書いています”と言ったら周りから”どう思われるんだろう・・?”
と思っていたことがあります。
学校の宿題がきっかけで習慣になった日記のような「ノート」
40年以上ノートを書いてても
「ノート書いてます」
とは言えなかった理由は2つありました。
まず一つ目は
”人からどう思われるか?”
気にしていたから。
そしてもう一つは
ノートに書いていることが
”美しくなかった”から。

不平、不満、愚痴が書いてあるノートは
美しくない(=汚い)
”良いところだけを見せたい”と思っていた私は
そんな汚い?!ノートを誰にも見られたくなかったし知られたくもありませんでした。
(ちなみにかつて私が家を片付けた動機も同じでした^^;)
もちろん、嬉しいことや楽しいことも書いていたけれど怒りのまま書き殴ったりして
穴まで開いてるぐちゃぐちゃなノート(=私)を”見せてはダメだ”と思ってたんですね。
(バレてたと思うけど^^;)
だから、そういう自分を知られるのも表現するのを怖いと思っていたんです。

それが・・・
今ではだいぶ、かなり、相当(笑)違います。
そんな”今に至る”までに有効だったのが私の場合は”ノート”で・・・
美しくない、汚い・・と思っていた
”そういうノート(=私)があったから”
ということがだんだんわかっていきました。
”書く”
”言葉にする”
”表現する”
ことの大切さはノートを書いた人のたちの変化もあるけれど
一番は私自身もノートに書いて
”心の荷物を軽くしてきた”からです。
以前メルマガにこんなことを書いています。
(一部加筆しています)
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私は「夫との関係」に困って
心のことや片付けを学んだのですが
実は
夫婦関係で困る以前から
自分の「親との関係」や
自分の「子育て」にずっと悩んでいました。
長男の癇癪や夜泣きが長く続いたりして
当時住んでいた横浜で
区のカウンセラーさんに相談に行ったりもしていました。
一見大人しそうに見える息子。
でも、夜はまるで別人。
寝ていたのに急に発狂するように泣き叫ぶ息子。
言葉が遅めだった子なのに夫に対して
「あっぢいげー(あっち行け)!!!」
「熱い熱い!」
「おジャ(お茶)!おジャ!」
と、ドスのかかったような太い声で
部屋の隅を指差し(怖いけど)1時間以上鳴き続ける。
実際、お茶を飲ませると
落ち着いたので飲ませようと
コップを差し出しても
お茶の入ったコップごと、はたき飛ばす。
体が小さな息子の一体どこにそんな力が??
と驚くほど暴れていました。
そんな息子の状態を見て、夫は
息子を怒鳴る→さらに絶叫→なんとか落ち着かせようと息子のいう通りに動く私。
夫は「言われる通り構うお前が悪い!」
真夜中に
なんとも騒がしいやり取りをしてました( ̄∇ ̄;)
実際、日中に怒鳴っていたのは私の方で
子供を育てるに値しない自分をなんとかしたくて
心理学の本、子育ての本を読みあさっていました。
本を読み漁るほど
自分にも子育てにも困っているのに
なんだかわからないまま息子を怒鳴る。
ですが私は
そういう自分を夫に見せたくなかった。
「心に関心がある人=暗い人」
と夫が言っていの気にして
子供のことより自分がどう思われるか?を優先していました。
「子育てできない嫁」
と思われるのも
小さなことでイライラしている自分も嫌だ
という理由で・・・
息子の夜泣きは
自分を偽って生きていることを教えてくれていたのかもしれません。
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読み返すとイタイですが・・・^^;
未熟なまま母親になって、でも今、幸せを感じながら暮らしているのは私の場合
”自分を表現するようになってきたから”でもあります。

なぜかというと
書いて表現すると開示が進み
物みたいに溜め込まずに巡らせるようになるからです。
例えば、片付ける時
「物との向き合う」ことをせずに捨ててしまって困る人がいます。
強い思い入れがあって
見えないところにしまい込んだけど
何度も思い出して自分を責めたり後悔してしまうのです。
これは心にも当てはまります。
私たちは本当の問題に向き合うのは億劫です。
見たくないから、
すり替えたり
向き合わないわないまま
捨ててしまおうとします。
(蓋をするともいう)
ですが
向き合わない感情は捨てたつもりでも
潜在意識(無意識)の中にあるんですね。
感情は捨てたつもりでも
ぎゅっと見えないところに押し込んでも
向き合わない限り消えてくれません。
心の奥で重たいまま、
時には、もっと重たくなって
あなたの行動を止めてしまうかもしれません。
(顕在意識よりも潜在意識の力の方が大きいですからね)
だから
何があるか?
気づくことが大事なんですね。

”ノートに書く”と
見えなかったことが見えてきたり
気づけなかったことも
アンテナが解決策を引っ張ってきてくれます。
だからノートを楽しんで
アンテナを立てるための
知恵や学びが大切なんですね。
手放してスッキリするのは
捨てられないものに
ちゃんと向き合うから。
物との間の想い(感情)と向き合うから
軽くなって(消えて)
「もう手放していいかな・・」
という次のステップに進めるのです。
今作っているノートプログラムは
そういった気づきに繋がるような
知恵やワークを少しずつお届けしています。
そして感じたことや疑問にお答えしていく
そういう中でノートを書く楽しさと
表現する習慣を一緒に身につけていただきます。
人前で表現することが苦手でも
文章なら書ける・・という方にも
繋がりを感じていただける内容になっています^^
一緒にノート時間の楽しさを味わいませんか?

PS:
毒母?!の私に育てられた息子くんも
たくましく成長しています。
私たちはつい
起こった過去を後悔したり憂いてしまうけれど
気づいた時から”始める”でもいいのではないでしょうか?
未熟でも
恥ずかしいままの自分でも
その場から始める
小さな一歩でも続けると大きいよね^^